【香港経済を追え vol. 3】

香港市場戦争!

アジア・パシフィック地域に62の醸造工場(そのうち30が中国にある)を持つバドワイザーだが、米国資本を本国に引き戻そうとしているトランプ政権の煽りを受け、香港上場が頓挫!

上場していたら、資金調達額が764億香港ドルとなり、ここ9年間で最大額の新規発行株価になっていた。

貿易戦争だけなく、金融戦争、IT戦争、香港市場戦争の様相を呈してきましたね…

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「バドワイザー香港上場が頓挫 トランプ政策の煽りか」

香港証券取引所(以下、HKEX)は、2019年に超級の大型IPOを控えていた。

バドワイザーBudweiser Brewing Company APAC Limited (以下、Bud APAC)と中国のアリババだ。しかしBud APACは、先週7月12日に突如IPO中止の噂が流れると、15日には会社側から公表され、市場に混乱が起きた。外向きには予想公募価格が高くなり過ぎたとのことだが、背後には「アメリカファースト」を掲げるトランプ政権から、アメリカ上場企業が中国国内で大規模生産を行なうバドワイザーに圧力が掛かったと見る向きがある。

株式公開予定だった香港法人Bud APACの親会社アンハイザー・ブッシュ・インベブ Anheuser-Busch InBev N.V. (以下、ABInBev)は、7月15日上場計画の中止を発表した。香港市場で最大金額の取引となると見られていた大規模IPOであっただけに、近日来の市況、財務状況のコンプライアンス、実戦部隊である子会社の中国ビジネスの展望など、複数の原因や可変要素が指摘されている。

予想されていた新株公募価格は40~47香港ドルであり、資金調達額が764億香港ドルとなり、ここ9年間で最大額の新規発行株価になると見られ、また、これまで世界全体で調達額トップだったUberを抜くものと予測されていた。マーケット筋からは、4%のIPO部分だけで超過募集額の11倍を越え、95%にあたる国際公募部分の募集額でも十分な金額であったため、IPO中止となったのは意外であった。

投資コストから見ると通常0.2%のマージン率のところ、今回のBud APACの案件は0.388%とずば抜けており、小額株式投資家への影響は大きくないと見られている。

国際公募部分のドタキャン

ABInBevは市況の問題から上場中止したと言っているが、中止発表の際のHKEXの指標であるハンセンインデックスの下げ幅は300ポイントに留まり、大きくはなかったので、実際の理由は国際公募部分に期限間際の申込取消があったのではないかと思われる。あるいは他の要因として、親会社が売出価格を確定できなかったか、機関投資家が、同業他社と比べて20倍から30倍に達する売出額が高すぎる状況から、国際公募部分の株式申込をキャンセルしたのではないかとも言われている。株式売買と借入資金の差額で利鞘を稼ぐ小口投資家もコスト分で損を出したことになるが、当該の会社にとっても上場準備の前期分コストを無駄にしたことになる。

損といえば、HKEXにとっても取引される資金調達額で世界の証券取引所でトップに踊り出るチャンスを失った。今年6ヶ月で84件の新株上場があり、695億香港ドルの調達額を記録しているが、Bud APACの上場が実現していれば、一件だけで今年上半期の調達額を超えて、デロイトとKPMGの予想では、2000億ドルの資金調達になると思われていた。

アリババは、6月に上場申請を提出したが調達金額は市況が予想ほどに振るわず、当初計画の半分となった。それでもこの9年来で最大規模の上場案件となるため、世界的にも話題となるのは必至。株式引受人も中金(中国国際金融股份有限公司)とクレディ・スイスが任命されると目されていた。

今回、土壇場での公募申請キャンセルにあったのは、売出額が確定できなかったからということの他、米中貿易戦争が始まって一年が過ぎ、いまだ積極的な攻勢をかけるトランプ大統領が、戦局を貿易からIT、金融、通貨などの分野に広げているからという背景がある。

貿易戦争は金融戦争へ発展の可能性も

金融戦争では、自分の肉を切らせるような戦法となることがある。近年中国の大資本会社がアメリカ上場することが多く、アメリカの投資銀行の新たなマーケットにもなっており、2014年にアメリカ上場したアリババの例では、調達資金額は200億米ドル超となり、これに関与したJPモルガン、モルガンスタンレー、ゴールドマンサックスにも合計で3億米ドルを越える手数料収入をもたらした。2017年通期では24件、昨年では39件の中国企業上場があった。2018年の調達額は90億米ドルであり、1%の手数料としても9000万米ドルの利益がアメリカの投資企業に落ちたことになる。

しかし、この十年来中国資本企業がアメリカ上場で米ドルを獲得することに、アメリカ国内鷹派勢力から資金が中国へ渡ることに危機感を募らせており、米国内ファンド会社がトランプの政策の同調する傾向を見せており、今回のBud APACもそうした影響からは逃れられなかった。

先のG20で、トランプと習近平は関係緩和の握手をしたように見えたが、ファーウェイの制裁解除もIT以外の分野の製品のみと限定されており、実際には制裁解除どころか、むしろ開戦への決意をさらに固めて、対中貿易関連企業の利益を犠牲にしている。

トランプの対中強硬姿勢は、香港に大きな影を落とす。米中貿易で合議が出来る可能性が高いものの、今後の両国の関係が緩和するとは考えにくく、現在のアメリカ人の消費者動向が変わらない限り、貿易戦争は終わっても、金融戦争、IT戦争、香港市場戦争に発展することがありえる。

中国市場の更なる開拓への障害

香港上場中止は、親会社が、全世界ビール類製品の三割を消費する中国マーケットの営業プランにも影響を与える。ABInBevの目標は、中国のハイエンド・超ハイエンドマーケットで4割に達することであり、「アメリカファースト」を掲げるトランプ政権にとっては、米国企業がそのリソースを他の国家に置くことになり、好ましくない。ましてや、それが現在の貿易戦争の相手である中国であればなおさらのことである。

しかし急速成長しているハイエンド・超ハイエンド商品の市場増大に伴い、バドワイザーは2017-2018年にEBITDA 20%増を記録した。同社の系列ブランドである「コロナ」は中国で過去4年の収入が25倍という成長で、去年末までで、中国はコロナの最大マーケットとなっている。

バドワイザーはアジア・パシフィック地域に62の醸造工場を持ち、そのうち30が中国にある。中国広東省仏山醸造工場は、世界で最大のバドワイザー醸造工場である。トランプ大統領は、米国企業が生産拠点を海外に持っていることが米国経済と雇用に損失をもたらすものとして、ずっと不満としており、さまざまな手法で米国資本を米国に引き戻そうとしているところであるので、バドワイザーの世界最大の工場が中国に開設されていることがトランプに目障りになっていることは想像に難くない。

バドワイザーが香港上場を果たせないことは、親会社が債務問題を解決方法をよそに探さねばならないことも意味している。

2016年に、ABInBevが790億ポンド(約7710億香港ドル、約988米ドル)で業界世界第二位の南アフリカのビールメーカーSABMillerを吸収合併したことで、同社の負債が急上昇し、去年末までに純負債が1028億米ドルに達した。今回子会社の上場中止に伴い、期待されていた資金注入が頓挫し、同社は負債返済を他の手段に求めざるを得なくなり、今後、類似のビールブランドの売却、コスト削減をせざるを得ないかもしれないが、ブランド減少は業務成績の伸び速度に影響するため、現在伸び幅の大きい三つの市場、フィリピン・タイ・ベトナムでの業務拡充にさらに長い時間が掛かることになる。

もう一つは、バドワイザーの小口株式資産や、60数種あるブランドからその一部を売却することもありえる。ABInBevは昨年会社の配当金の半分に落とし、利益を債務返済にまわしたが、配当金減少によって株価暴落を招き、行くも戻るも難しい状態に陥っている。

(出典元)

https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2019-07-14/ab-inbev-s-hong-kong-ipo-was-too-expensive

https://www.ab-inbev.com/content/dam/abinbev/news-media/press-releases/2019/05/05102019%20-%20Press%20Release%20A1%20Filing%20-%20English%20FINAL.pdf