【香港経済を追え vol. 24】

新しく施行された『港区国家安全法』が、香港に住むジャーナリストとメディアをどんな形で「自主規制・自粛」に追い込んでいるのかをコラムを通して見てみたいと思います。

■その二 香港メディアの自由に『国家安全法』が及ぼす影響の一考 

ニュースソース引用元:『立場新聞』

https://www.thestandnews.com/politics/%E9%A9%9A%E5%BC%93%E4%B9%8B%E9%B3%A5-%E6%9C%AA%E5%AF%A9%E5%85%88%E6%BB%85%E8%81%B2/

2020/8/17 (月曜日) – 15:09
筆者の、區家麟AU, K.L. Allanは香港中文大学でジャーナリズムとコミュニケーション論で博士号を取得しているジャーナリスト。
http://www.com.cuhk.edu.hk/en-GB/people/teaching-staff/au-allan

まさかの可能性に戦々恐々、検閲前に自主規制

世の終わりの怪異、荒唐無稽なことが日々起こる。その一つはまだ枝葉末節のようであり、実にいわく言い難いものだ。警察発表に拠れば、海外勢力と結託して国家転覆を図ったなどの罪状で、海外居住の羅冠聰を含む6人を指名手配したということだ。

なぜ「拠れば」と仮定形なのか。それは、消息が出て半月経っても、香港警察が今に至るまで正式な公の告知をしていないからだ。「指名手配」というからには、ちゃんと全世界に伝えるべきではないのか。どんなに遠くても罰するのではないのか。むしろ、こうした消息は中国中央テレビ局や中国共産党の媒体がこぞって宣伝し、香港警察は一向に証拠物を出しても来ないし、詳細情報も開示していない。

共産党メディアも香港警察も、いったいどちらがボスで、どちらが手下なのか、もっとはっきり言ってみたらどうなのだろう。

奇奇怪怪なのは、警察が「指名手配者」をまだ確証していないのに、香港テレビジョン(Hong Kong Television Broadcasting, 以下TVB)は早々に羅冠聰〔民主化要求の政党「衆志Demosisto(既に解散済み)」の元・党首、アメリカの亡命〕にインタビューした番組をウェブサイトから外したことだ。TVBが認めているのは、その原因が「番組内でインタビューを受けた人一名が国安法〔港区国家安全維護法〕に違反して警察から指名手配になった疑いがある」からであり、国安法が新しい法律であることから、「慎重な対応が必要とされる」からだそうだ。

この特別番組は、『2020年立法議会選挙繰り延べの後の対戦』という名前で、7月31日の晩に放映され、香港政府が選挙を延期するという重大決定をしたその直後に対応したもので、その中の一部は、羅冠聰、葉國謙(注1)と蔡子強(注2)の討論で、話題は主に選挙を先送りにすることから生じる諸問題で、羅冠聰は英国・米国の反応を分析して見せたり、ゲストも質問したり論戦を張ったりと、討論は五分五分の様相だった。敏感な部分は、その内容ではなく、羅冠聰という人物の「指名手配もどき」の状態なのだ。

(注1)葉國謙 IP Kwok Hinは、香港政府の行政会議(Administrative Council)のメンバーであり、中華人民共和国全国代表会議の香港代表メンバーでもあり、香港島の中西区の区議会議員でもある。左派の代表的人物。民建聯(=民主建港協進聯盟Democratic Alliance for the Betterment and Progress of Hong Kong)、香港で最大の保守親中政党で、現立法議会で与党)の副主席を努める。

(注2)蔡子強 CHOY Chi-Keung, Ivanは、現香港中文大学の政治・経営学の主任講師で、学術論文を執筆すると同時に、テレビ・ラジオで時事評論家として登場したり、新聞雑誌に論評を寄稿するなどの活動をしている。学者の立場で香港民主運動に参与している。

香港メディアの慣例と法律の制限から、どんな案件でも起訴後に司法の段階に入ろうとすると、メディアが開示する事案の詳細は法廷で聴聞の資料とその過程だけに限られる。そうでないと、法廷侮辱罪や司法公正性の妨げを犯すことになるかもしれないからだ。しかし、羅冠聰の事案は、まったく司法手順に踏み込んですらいないし、本人の罪状が公的発表されたのでもなく、身柄拘束されたわけでもない。「指名手配」ですら伝聞に過ぎない。更に重要なのは、指名手配の人物が逮捕されたとしても、その人物にも発言する自由があり、メディアもそれを報道する自由があるはずなのだが、何もこの事案に触れなければ良しとしている。

TVBは放映済みの番組をウェブサイトのアーカイブからさっさと外したことで、最悪の前例を作ってしまった。これと同じスタンダードで行くなら、まだ罪が確定してもいない指名手配された人物は発言の機会を奪われる。一方で、香港全体には政府に対する抵抗者に民主化要求派を加え、一躍有名になった一般市民も、現職議員で政界のプロもいて、ほとんどは起訴を受ける可能性の身であり、一部は既に起訴されて聴聞を待っている状態だ。もし、起訴されたらインタビューを受けられないのであれば、一つの陣営の声はまったく消滅してしまうことになりはしないか。同じロジックで、国安法に違反していると疑いをかけられて逮捕され保釈されて出てきた黎智英ジミー・ライや周庭アグネス・チョウなどの人物はその一挙一動の反応をメディアがまったく報道できなくなるのだろうか。既に放映ずみの番組ですらインターネットから削除しなければならないというならば、TVBのネット上のアーカイブは相当なボリュームを削除しなくてはならないだろう。

TVBの事例は、『港区国安法』第五条第二段の、「何人も司法機関が罪状確定する前はいずれも推定無実とすべきである」に違反した疑いがあると思われる。羅冠聰はまだ有罪とはなっていないのだから、むやみに赤ペンでマーキングして特別扱いしたり、審議が始まる前から犯罪者扱いしたりしてはならないのだ。

ここで注意が必要。国務院香港澳門連絡事務所(國務院港澳事務辦公室Hong Kong and Macao Office of the State Council)が黎智英ジミー・ライの逮捕直後に、同氏を「香港を惑わす反中国的分子が外国勢力と結託した」者の中でも「代表的人物」であると明言したことだ。国家の管轄部門でありながら、審議も判決もない状態で、しかも当の国安法第五条の推定無実の規定に明らかに違反している。これは国家レベルの司法正義の妨害だ。

TVBの上層部は、厄介を避けたい心情からやり過ぎてしまったのかもしれないが、一般大衆も用心しなくてはならない。同じように口をつぐむ理由が、今まさに大小のメディア機構の自主規制の口実になりつつある。ある主流メディアを例に取れば、この数年来、「黃之鋒ジョシュア・ウォン」の名前の出る記事が出るや、異常な緊張を見せ、編集ディレクターが自ら原稿修正に乗り出す。今や国安法が施行されて、さらに正々堂々たる意見が沈黙してしまう口実になる。このまま行けば、お上の指示に従うばかりで、党の言う「民族の敵」だの「香港秩序の破壊分子」だののレッテルを繰り返すだけで、異なる意見を持つ者を起訴も判決もないまま、メディアのディレクターは厄介を避けたいが為、お追従したいが為に、早々に降参の姿勢を取っている。

自由があっても行使しなくとも、スペースがあれば簡単には手放してはいけない。今日は五つの町を敵に譲れば、明日は十の町を差し出さねばならない。そのような覚悟を決めれば、眠れるだろうかと思っていたら、西環ウェストポイント〔注3〕からの電話がまた鳴った。

(注3)西環は、香港島の西端の区域名であるが、中華人民共和国中央人民政府の香港駐在連絡事務所が所在することから、中環セントラルが香港政府の意味で使われるように、親中保守のエスタブリッシュメントに属する建制派の議員全体を指す呼称。多くが法曹界の出自。2019年の区議会選挙では民主化要求の新しい候補者に敗退して、議席の多くを失い、過半数から2割までに落ちた。2019年の市民の逃亡犯条例改訂反対のデモの際も、デモの始まった場所から人が西環方面=ケネディタウン方面(路面電車の西側終着点のあるところ)に流れて行くことが多かった。
西側諸国で、中国大使・領事がアメリカの州議会議員やチェコの官僚などに書状を送り付けて当該国の政治家を恫喝する事案が報道されているが、それ以上に、香港ではジャーナリストや時事評論家などにその筋からの「警告」が発せられることが多い。

『悪法日誌 その56』

(以上)